2024.03.11

この「絆」をいつまでも……。

13年前のきょう、東日本を強い地震が襲いました。津波が押し寄せ、たくさんの人が亡くなり、助かった人も長い避難生活を余儀なくされました。東日本大震災です。

その日は金曜日で、杉之子幼稚園では翌週の月曜日に予定されている卒園式の準備を整えたところだったと記憶しています(間違えだったらごめんなさい)。交通機関がマヒして駅には人があふれ、高速道路は通行止めとなり、道路には進まない車が長い列をつくりました。

このような状況でしたから、預かり保育を利用していた保護者の皆さまもお迎えが困難になり、幼稚園では、夜遅くまでお子さまをお預かりしました。都内でお仕事をされていたご夫婦は、お迎えに来ることができず、お子さまは幼稚園で職員と一緒にお泊りをしました。

夜も余震が断続的に発生し、緊急地震速報を受信するたびに、職員は寝ている子を抱きかかえて園庭に避難をしました。

すべてのお子さまのお迎えが完了したのは、翌日の午前11時頃だったように思います。翌週の卒園式も予定どおりに挙行することができ、一応「日常」を取り戻すことができました。

その一方で、東北地方の現状はどうでしょう。13年が経過した今も、当時の「日常」を取り戻せていません。その現実を、私たちは決して忘れてはいけない……、当時を振り返って、そんな思いを強く抱きました。

さて、きょうはお天気のいい一日でした。園庭には、陽ざしがたっぷりと注ぎ、外遊びには最高のコンディションでした。

この状況を先生たちが見過ごすはずはなく、園庭は朝のおあそびタイムから大賑わいでした。お砂遊び、ドロケイ
、三輪車など遊び方はまちまちですが、どの遊びにもすてきな「笑顔」がもれなく付いていました。

こちらの「いちご組」さんのお子さまは、面白かったですよ。お子さまたちが乗っているのは、使い古しの「簡易ベッド」。青い部分は、通気をよくするためにメッシュになっています。この上にお砂を乗せてポンポンたたくと、トランポリンのようにお砂がぴょんぴょんと飛び上がります。

このようすが楽しかったんですね。何度も何度もメッシュの部分をたたいては、お砂のジャンプを眺めていました。

大事なのは、このときにお子さまたちが何に興味を持っていたか、ということではないでしょうか。この前ご紹介した「信号機を眺めて、なんで色が変わるのだろう」と考えていたお子さまの話と同じです。

こちらのお子さまたちは、ジャンプする砂をみながら、きっと何かを感じていたのでしょう。その「何か」は、お子さまたちの胸の中にある「秘密のお部屋」にしまってあるのでしょうね。

外遊びをするクラスがある一方で、お部屋で楽しい遊びをするクラスもありました。こちらの「たんぽぽ組」さんでは、小さなカーペットを敷いて、「ケンケンジャンプ」のコーナーをつくっていました。

ところどころにジグザグのゾーンがあって、しっかり「難所」を設けてあるところがさすがだと思いました。

「ひまわり組」さんは、「歌」の練習です。列になっていて、誰かに披露するための「予行練習」のようです。

そういえば、先日は年少の「くま組」さんも同じようなことをしていました。お披露目の日は、間もなくかもしれません。

間もなくといえば、年長さんの「卒園式」が明後日に迫りました。練習は、最終段階です。写真を撮る際のシャッター音を出すのがはばかれるほど、会場は厳かな空気で満たされていました。

「卒園式」まで、あと2日。明日は、「お別れ会」です。

ということは、年長さんはきょうが最後の給食ということになります。「最後」ということで、各クラスは自由な座り方で給食を楽しんでいました。

このメンバーで給食を食べるのも、きょうでおしまいです。

そうはいっても、お部屋は意外といつもと変わらない雰囲気でした。この落ち着いた雰囲気が、「さすがは年長さん」ということなのかもしれません。

というわけで、今年度最後の給食はこちらです。

鮭ごはん
ポテトチキンロール
いかと彩り野菜カツ
星型しんじょ
ほうれん草のおひたし
みかん缶 364kcal

ごちそうさまでした。

最後になりますが、きょう年中さんのお部屋でこんな光景をみました。歌をうたいながら、しっかりと「手」をつないでいるんです。

東日本大震災では、みんなが「絆」という言葉で気持ちをひとつにしました。

お子さまたちも、この一年間の生活の中でお友だちとの「絆」を育み、気持ちをひとつにしたようです。

この「絆」を、年長さんになっても小学生になっても、ずうっと大切にしてくれたらと思います。

by jimjim

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